少し偏った読書日記

ミステリや科学解説書など少し趣味が偏ってます

記憶の対位法

記憶の対位法(高田大介/東京創元社)

以前、『エディシオン・クリティーク』を紹介した際に著者の名前を知り、『図書館の魔女』シリーズにも興味を持った。しかし、あまりの分量に気後れしてまだ手をつけられず、まずはもう少し肩の力を抜いて読めるものを、と思い手に取ったのが本書だった。

舞台は現代フランス。主人公は地方紙の事件記者で、通称「ジャンゴ」。物語は、彼がイスラム系移民が集うカフェで「裏切り者」と呼ばれる場面から始まる。ジャンゴ自身はイスラム教徒に共感を寄せているつもりだが、その思いは当事者には届かず、むしろ距離を置かれてしまう。

そんなジャンゴが、ナチス協力者とみなされ隠棲していた祖父の家を訪れ、古本の山と二十余りの黒檀の小箱を見つける。ここから物語は、フランス社会が抱えるテロの問題や移民コミュニティの複雑な事情を背景に、小箱に秘められた意味を探る過程へと進み、同時に音楽史における対位法の発展過程をたどる知的な旅へと変わっていく。

読み進めるうちに、差別と偏見、歴史と真実の関係について深く考えさせられる。そして、終盤に至ってようやく、タイトルが示す「記憶の対位法」という言葉が、物語の構造そのものとして鮮やかに輪郭を持ち始める。

登場人物はいずれも個性が際立っているが、特にジャンゴの探索を導く大学院生のゾエと、同級生であだ名が「電話帳」の人物が魅力的だ。

作品全体を包む空気には独特のものがある。言語学や歴史への深い造詣、そして知的な語り口は、どこかウンベルト・エーコの作品を思わせる。

余談だが、読み始めた頃、読者になっているブログでちょうど本書が紹介されているのを見かけた。その偶然に背中を押されたような気がして、最後まで読み切る励みになった。

1+1(ワンプラスワン)

1+1(ワンプラスワン)(井上荒野/潮出版社)

食と料理に関する本が好きだ。ときどき、その中から誰かに勧めたくなる一冊が現れる。井上荒野『1+1』はまさにそういう本だった。

24編からなる短編連作で、各編のタイトルは「〇〇と〇〇」。食べ物と飲み物の組み合わせがテーマになっている。酒と料理のマリアージュより幅広く、お茶やお菓子も登場する。

俳句同人誌のメンバーが中心となり、それぞれの人生の岐路で印象的な食と飲み物が現れる。物語全体を通して、食をきっかけに登場人物が前向きに進んでいく姿が描かれ、読後感はとてもいい。

ただ、私にとって物語の進行は「お通し」のようなもので、紹介される料理こそが本命だった。すぐに作れそうなものから、一生に一度出会えるかどうか分からない料理まで、幅広い。背景のドラマが最小限の掌編小説だから、あっという間に読み終えることができた。

作者名には見覚えがあったが、これまで作品を読んだことはなかった。他の著作も多いようだが、私の読書傾向とは少し距離があるようだ。それでも本書は、食を軸にした掌編小説ということもあり、心地よく読み進められた。

なお、料理に関する私の現状をいえば、フルリタイア後は、食事の7割ほどを私が担当している。料理は趣味ではなく生活技術だと考えており、いいとこどりではなく買い物から後片付けまでを同居人と共同で実施している。

食にまつわる作品は、おいしいものを食べたい、おいしい料理を作りたい、という意欲を高めてくれる。料理を義務ではなく楽しみとして続けるために、こうした本は欠かせない。本書もそのひとつとして記録しておきたい。

過去に紹介した料理関連本は次のとおり。

背表紙の学校

背表紙の学校(奈倉有里/講談社)

2年近く前に、この人のエッセイ『文化の脱走兵』を紹介した。今作はその続編である。

子どもの頃の本をめぐる思い出、ロシアの詩を引用しながら語られるさまざまな思索、「雪と本屋がある」という理由で移住した柏崎市の市長選挙、そして、終わらない戦争へのやりきれない思い。

この人の文章には独特の力がある。「こころ」が纏っている幾層ものフィルターをくぐりぬけて、言葉が深いところに届くような感じ。あるいは、単なる共感ではなく、脳の奥で見えない回路がふっと接続されるような感じ。

印象に残った章をいくつか。

「笑わせたい」

この章では、「笑いのツボが合う人とは長くつきあえる」という言葉が紹介されている。それに続いて、面白いと薦められた芸人がぞっとするほど排他的な雰囲気で驚き、薦めた人とは思想的におり合いがつかないとわかった、と書かれている。私にも、この人はちょっと、と思う芸人さんが少なからずいる。(しかも、人気が高い。)

「拳を挙げた善だなんて」

「善と暴力は両立しえない。どれほど善い思想であっても、武力を持てばたちどころに壊れる。」長い歴史の中で人類は確かにこの真理にたどりついた。しかし現実には、善を騙る暴力が地上を蹂躙している。

「はじまりを掴む」

この章の結びで、「朝は夜より賢い」というロシアの慣用句が紹介されている。「夜遅くまで悩むよりも、ぐっすり眠って翌朝に考えたほうが、より良い判断や解決策が浮かぶ」ということらしいが、功利的な解釈を超えて、より深い意義を感じる。

『群像』で連載中のエッセイとのこと。これからも続編が紡がれていくのだろう。その期待は、日々を重ねていく上で静かな力になりそうだ。

交番相談員百目鬼巴

交番相談員百目鬼巴(長岡弘樹/文藝春秋)

この作品の際立った特徴は、「交番相談員」を主人公に据えている点だ。

主人公の百目鬼巴(どうめきともえ)は、警察を定年退職した後、非常勤の交番相談員として働く女性。警察のさまざまな部署を経験し、その知識と能力を買われて未解決事件の捜査にも誘われたが、彼女はそれを断っている。理由は「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがないから」。

物語は、百目鬼さんではなく、同じ交番に勤務する若い警察官の視点で語られる。語り手の周辺で起こる事件の真相を、百目鬼さんはさりげなく、しかし鮮やかに解いてみせる。ただし、それを公にするとは限らない。むしろ放置することのほうが多い。なぜなら、ものごとをほじくり返すと、ろくなことがないから。

最近、ミステリをある程度読み進めるうちに、私は自分の「偏った好み」を以前より自覚するようになった。どうやら私は次のようなタイプのミステリを好まないらしい。

・事件の結末や犯人の動機があまりにも陰惨な作品。

・真相が判明しても犯人が捕まらない作品。

・設定が特殊すぎて、犯人像や動機に現実味がない作品。

・謎解きよりも人間ドラマなど別要素を主目的とした作品。

ほかにもあるかもしれないが、総じて「読み物としての魅力が乏しい」と感じるミステリが苦手なようだ。

本作には少しだけ苦手な要素が混じっている。(それを詳しく述べるとネタバレになりそうなので控える。)しかし、短編連作という私好みの形式であり、百目鬼さんの人物像はとても気に入っているので、紹介させていただいた。

なお、作者はドラマ化された「教場」の著者でもある。「教場」も私には少し苦手な気がしている。

マイボディ・オン・ザ・ムーン

マイボディ・オン・ザ・ムーン(矢野アロウ/早川書房)

矢野アロウ氏のデビュー作はよく覚えている。この宇宙から脱出するために作られたらしい超巨大ブラックホールを探索する物語でありながら、一種のラブロマンスでもあった。SF好きの私にとって期待の新人であり、次作を心待ちにしていた。

今作は上下二巻、千ページを超える大作である。

2024年、月の裏側で首のない数十体の遺体が発見される。その映像を見せられたNASA勤務の中国人スパイ、ヤンは、国家安全部からある指令を受け取る。

物語はこの衝撃的な冒頭から始まり、ヤンに加えて、フリーダイビングを趣味とするタイ出身の脳神経科学者ジャム、IT黎明期の実業家コーツ、左半身に障害のあるゲーム好きの少女ミントの四人を中心に、それぞれの物語が動き出す。やがて彼らの人生が交錯し、人類文明そのものを揺るがす事態へと流れ込んでいく。

宣伝文句には「『プロジェクト・ヘイル・メアリー』や『三体』に匹敵する面白さ」とある。作品に順位を付けるのは好まないが、少なくとも私にとっては『三体』よりこちらが好みだ。

三体は二巻までは非常に面白い。しかし、どうしても「これほど過酷な環境で高度な文明が成立するだろうか」という疑問が残る。過酷な環境が進化を加速する可能性はあるものの、滅んだ文明はエネルギー制約のため再生は困難だ。設定の妙味よりも、その不整合が気になってしまう。

物語は完結するものの、すべての謎が解き明かされたわけではない、という余韻が残る。続編があるのかもしれない。

内容についてはこれ以上触れない。そのかわりに小ネタを二つ。

この作品には、『ホライズン・ゲート』と共通する要素がある。それは「狙撃手」だ。

また、作中にこんな言葉がある。移民排斥に対する登場人物の感想に過ぎないのだが、妙に心に残った。

人間はアフリカで発生したのだ。アフリカにいる人以外、全員が移民の子孫なのではないだろうか。

コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎

コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎

(笛吹太郎/東京創元社◎ミステリ・フロンティア)

今回紹介するのは、『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』と『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』の二冊。現時点でシリーズはこの二冊だけ。タイトルと装画から分かるとおり、コージーミステリである。

物語は、ミステリ好きが集まる会合で、ゲストがちょっとした謎を持ち込み、それをその場で安楽椅子探偵のように解いてしまう、という短編連作の形式をとる。その設定からすぐに、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を思い出すが、作者自身がそれを隠しておらず、むしろ手本としていることを明言している。探偵役を会のメンバー以外の人物としたり、一編ごとに付記をつけて作品の背景を語るなど、より本家に近づける工夫もしている。

持ち込まれる謎は、真相が分かれば納得できるが、解けなくても特に困るわけでもないものが多く、肩の力を抜いて楽しめる。犯罪がらみのアリバイものもあるにはあるが、成立しなければ即逮捕というほどの切迫感はなく、あくまで「気楽な推理」の範囲に収まっている。

『黒後家蜘蛛の会』は、メンバー同士の会話で読ませる色合いが強く、謎解き自体はワンアイデアで押し切る印象がある。(その思いつきで短編を書き上げる才能は驚くべきものだが。)一方、本作はその形式を踏まえつつ、ほんの少しひねりを加えて現代版のミステリに仕立てている。

いずれにしても、気軽に読める短編推理は私の最も好むところであり、シリーズの続編をぜひ期待したい。

余談だが、『黒後家蜘蛛の会』はまだ完読していない。アシモフ作品の中で未読だったことに気づき、三年ほど前に全五巻を揃えたものの、まだ四巻の途中で止まっている。今回の二冊は、その積み残しを思い出させてくれた作品でもあった。

地政学講座

地政学講座(マルク・セモ/原書房)

近年、「地政学」という言葉を耳にする機会が急に増えた。ロシア、アメリカ合衆国、中国をはじめ、各国が自国の勢力拡大をあからさまに追求する動きが続いていることが背景にあるのだろう。

本書は、100の質問に答える形式で、地政学の歴史から基本理論、そして現在の国際情勢までを幅広く概説した一冊である。著者は国際問題を専門とするフランスの著名なジャーナリストで、ところどころにフランス的な視点はあるものの、全体としてバランスのとれた内容になっている。以前紹介した『13歳からの地政学』の「本格的な大人版」といった印象で、入門書としても読み応えがある。

採り上げられているテーマも興味深い。

・アメリカの時代は終わるのか?:国際安全保障の「絶対的保証人」という立場から降りつつあるアメリカの影響力は、今後どう変化するのか。

・「トゥキュディデスの罠」とは何か?:アメリカと中国の対立は、歴史的必然として戦争に向かうのか。

・民主主義と発展は結びついているのか?:専制的な体制が勢いを増しているように見えるなか、民主主義の未来はどこに向かうのか。

・人工知能は地政学的革命か?:AIは情報戦をどのように変えるのか。

地政学といえば、ロシアのウクライナ侵攻を正当化するような言説もあり、どこか怪しげな雰囲気をまとって語られることもある。しかし、国家間のパワーバランスを理解することは、世界の動きを読み解くうえで避けて通れない。本書は、危険と不確実性に満ちた現在の国際環境を、改めて認識させてくれる一冊だった。